「適疎(てきそ)な地域づくり」への提言(案)―過疎と過密の議論を超えて-

「適疎(てきそ)な地域づくり」への提言(案)―過疎と過密の議論を超えて-「適疎(てきそ)な地域づくり」への提言(案)―過疎と過密の議論を超えて-

土木と市民社会をつなぐ事業研究会
(略称:CSV研究会)

はじめに

(特非)シビルNPO連携プラットフォーム=略称CNCPは、土木学会の創立100周年を記念した活動から発展した組織であり、建設系NPOや市民組織、建設企業、行政などと協力して、地域社会・市民社会の様々な課題解決を目指しています。

このたび、CNCPの理事と中堅ゼネコン数社で立ち上げた、「土木と市民社会をつなぐ事業研究会=略称CSV研究会」における、研究成果の一部として、我が国が進めている地方再生政策の重要な柱となることを願って「適疎(てきそ)な地域づくり」への提言を取りまとめました。

ここで「適疎」な地域とは、それぞれの地域特性を生かして活力を生み出し、多くの人が“住んでみたい・行ってみたい”と考えるような、過密でもなく過疎でもない地域を指しています。(0.1)

私たちは今後とも、この国の未来を見据えた「適疎な地域づくり」について、建設界の産・官・学はもとより、様々な業種やマスコミの関係者、広く市民社会のご理解とご支援を頂けるよう努力する所存です。

提言の狙いは下記の①~③の通りです。

①「適疎な地域づくり」についての、幅広い国民的な理解を図ること。

②「適疎な地域づくり」に賛同する各地域をネットワークとして連携することで、全国的な運動論に 発展させること。

③「適疎な地域づくり」に、建設界の主体的な参加をうながし、地域づくりに必要な構想・企画から施工に至る様々な局面を積極的に支援すること。

1.適疎な地域づくりを必要とする背景

・実は「適疎」という表現は、10年前に山崎亮氏(造園家、コミュニティーデザイナー)が作られた造語ですが、ここ2~3年のコロナ禍で急に注目されるようになり、今では自治体や研究者、マスコミ報道でも使われるようになりました。(1.1)

・他方で、「適疎」の両端にある、過疎や過密は古くから論じられ、法的には過疎法(昭和45年)や地方創生法(平成26年)にも、過疎への支援や過密の是正が謳われ、その結果、日本には過密と過疎しかないような錯覚があります。(1.2~1.3)

・しかし、地域の皆さんの長年の努力で「適疎」となった市町村は、目立っていないけれど、日本国中に既にたくさんあるのではないかと考えました。そして、そのような既に存在する「適疎な地域」を発掘し、さらに拡大して日本全体の地域バランスを適正にするために、「適疎な地域づくり」に焦点を当ててみたいと考えました。 

・地方圏の為政者から見れば、“東京一極集中”はまことに好ましくない状態にあります。(1.4)

地方創生法の第一条に“東京圏への過度の人口集中を抑制する”と謳いつつも、第1期計画(平成26年~令和元年)において逆に東京圏への“一極集中が更に加速する”という、悩ましい結果を招いています。更には、この度のコロナ禍で、“人の流れが東京圏から地方圏に向かうかも?”との期待もありましたが、東京圏への人口集中の流れはコロナ過においてさえ変わることが無いことが示されました。(1.5~1.6) ・一方、この国の「政治、経済、教育、文化、情報」の全てを、東京に一極集中させることが、多少の過密のリスクを差し引いても、最も便利であり、最も効率性に優れ、実はそのメリットがたくさんあるからという考え方もあります。つまり、無理やり地方分散を唱えてもなかなか実現するものではないと思われます。(1.7) 

・このような現実を踏まえ、この提言書では、既に様々な機能が充実している大都会のことよりも、日本国民にあまり意識されていない「適疎な地域」の全国的なネットワークを作り、あらたな参入を呼びかけ、日本中に「適疎な地域づくり」を推進する運動を起こしたいと考えました。

・もともと建設界は、国土づくりに様々なインフラ整備を通じて関わっていますが、「適疎な地域づくり」という場面では、地域の暮らしや経済、福祉、文化などの地域社会のありかたを、住民と共に考え、従来よりも「主体的な立場で参画すべき」と考えています。

2.適疎な地域のイメージ

・今の日本は非婚化や出生率の低下、単身世帯の急増等による超高齢・少子化社会が進行し、総人口は昨年1年間で64.4万人(一つの県に相当)減少しており、このペースで毎年1県ずつ無くなれば、今世紀の半ばには日本の人口は2/3に、世紀末には1/3と、ほぼ江戸時代の人口へと推移する、そんな未曾有の「激変の時代」を迎えます。(2.1~2.5)

・このような未来を見据えた地域づくりは、長年束縛されてきた既存の価値観(人口を増やそう、産業を誘致しよう、都会にあるインフラが羨ましい)、から脱皮しなくては、未来を生き抜く新しい発想は生まれないと思います。

・そのためには、難しい条件は不要で、「皆が住んでみたい」、あるいは「行ってみたい」と憧れる、そんな「適疎な地域や街」が必要だろうと思われます。              

・このような観点で国土を見たときには、例え過疎地にあっても今では衣食住に困ることはなく、素晴らしい自然環境が享受できます。他方で、大都市の中には賑わいの空間もあれば、歴史・文化・芸術的に優れたアメニティーもある訳で、人それぞれのライフスタイルに対応した「多様な適疎のかたち」こそが、地域の生き残りに必要だろうと想定しています。(2.6~2.7)

3.適疎な地域づくりは誰が担うのか

・「適疎な地域づくり」という事業の出発点は、地域の住民や企業、そして自治体などの“自尊・自立の精神”が総てと考えます。(3.1)

・そのうえで、国や自治体の公的な支援や、外部からの参加者の知恵、大学や専門家等の助言、ベンチャー企業の参入や地銀など積極的な活動が必要と考えます。

・そこで特に留意したいのは、地域の事業を支える皆さんが十分な報酬を得ながら安定した生活ができ、誇りを持って仕事に携われる制度設計が不可欠であると思います。

・建設界には、想定した自治体の地域づくりへの支援だけでなく、近隣の地域や都市部との連携などを含めた、あらゆる局面での事業参画の可能性が拓かれます。

4.適疎な地域づくりを全国に広めるには

・まずは、CNCPにおいて、既にあるであろう「適疎な地域」、あるいは「適疎を目指している地域」の情報を集め、その成果をCNCP通信で拡散させることから始めたいと思います。

・ある程度、地域情報が集まった段階において、緩やかな情報交流を目標に、「(仮称)適疎な地域づくりをする会」といった、全国ネットワークを作ることを想定しています。(4.1)

・さらに、学協会や国・自治体との連携をはじめ、優れた地域づくりへの表彰制度、地域づくりが評価される制度設計、社会経済効果、投資の仕組み議論へと発展させたいと願っています。

・このような課程で、「シビルNPO連携プラットフォーム」の設立当初の役割に照らして、全国のまちづくりNPOと連携した運動に持ち込むことが理想です。

5.「適疎な地域づくり」に建設界はどう関わるか

・「適疎な地域づくり」において、建設界の役割は大きく変わるのではないでしょうか。

建設界は従来、社会基盤整備の下部構造(Infra structure)部分で、請負契約として設計や施工に関わってきました。しかし「適疎な地域づくり」においては、より上流部である企画構想段階において多くの有為な人材の参画が期待されており、建設技術者が長年培ってきた設計施工における企画構想力を発揮する様々な場面が生まれてくると考えられます。(5.1~5.3)

・「適疎な地域づくり」へ上流部分から参入することは、いわゆる“脱請負”のチャンスにもなります。 すなわち、必然的に様々な業種とのコラボレーションをすすめることとなり、ひと・もの・かねの投入先も多様化していくでしょう。“CaaS=Construction as a Service:建設業のサービス化”というのは、私たちの造語ですが、交通機関を中心に世界中でサービスの連携が進みつつある“MaaS=Mobility as a Service”にならって建設業の進化につなげたいと願います。(5.4)

あとがき

我国が陥っている急激な人口減少下においてさえも過疎と過密の拡大が止まらない中で、今こそ「適疎な地域づくり」という発想で、多種多様であってもバランスのとれた地域の発展を実現し、経済的にも精神的にも豊かな私たちの生活を取り戻したいと願います。

このささやかな提言活動が、「適疎な地域づくり」の進展に少しでも役に立つことを期待しています。

参考資料

(0.1)シビルNPO連携プラットフォーム「CNCP通信Vol.05巻頭言

(1.1) 山崎亮「コミュニティデザインの時代」中公新書2012年

(1.2) 過疎対策法。昭和45年から5次にわたる議員立法による改定

現行:過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法

(1.3) まち・ひと・しごと創生法(通称 地方創生法)、平成26年施行、現在第2期

(1.4) 事例:令和4年 中国地方知事会議共同アピール

(1.5) 日本総研レビュー2020 vol.6 no78 地方創生戦略

(1.6) ニッセイ基礎研究所コラム2022.11総務省「住民基本台帳人口移動報告」

(1.7) 市川宏雄「東京一極集中が日本を救う」ディスカバー携書2015年

(2.1) 東洋経済ONLINE 2022.2

(2.2)日本総研リサーチ・アイNO.2022.056

(2.3)東京新聞web 2022.7:2020国勢調査

(2.4)総務省人ロ推計2021.10

(2.5)キャノングローバル戦略研究所2022.6:厚労省 令和2年人口動態統計

(2.6)総務省HP意見:持続可能な地域社会総合研究所 藤井浩2020.1

(2.7)東京都都市整備局街並み景観プロジェクト

(3.1) 事例:北海道上川郡東川町

(4.1) 事例:日本秘湯を守る会

(5.1) 土木学会「土木広報アクションプラン」2013.7

(5.2)土木学会「次の100年に向けた土木技術者の役割」2022.2

(5.3)土木学会「Beyondコロナの日本再生と土木のビッグピクチャー」2022.6

(5.4)シビルNPO連携プラットフォーム「CNCP通信」Vol.84・85・86

■「“適疎”な地域づくり」のCNCP通信への既投稿

・VOL.105/2023.1/年頭のあいさつ「“適疎”な地域づくり」を推進したい -もう一度過疎と過密を考える-/CNCP代表理事 山本卓朗

・VOL.106/2023.2/「適疎な地域づくり」を目指して その2:「失われた30年」とは何か?/土木と市民社会をつなぐ事業研究会

・VOL.107/2023.3/「適疎な地域づくり」を目指して その3:地方創生法の誕生・人口・豊かさと幸せの相関/土木と市民社会をつなぐ事業研究会

・VOL.108/2023.4/「適疎な地域づくり」を目指して その4:地域づくりの主役は誰か/土木と市民社会をつなぐ事業研究会