「適疎な地域づくり」を目指して その3:地方創生法の誕生・人口・豊かさと幸せの相関

「適疎な地域づくり」を目指して その3:地方創生法の誕生・人口・豊かさと幸せの相関「適疎な地域づくり」を目指して その3:地方創生法の誕生・人口・豊かさと幸せの相関

土木と市民社会をつなぐ事業研究会
(通称:CSV研究会)

私たちの研究会では、「適疎な地域づくり」の研究をしています。今回(第3回)の話題は、「地方創生法の誕生・人口・豊かさと幸せの相関」です。今回もCSV研究会のコアメンバーである「NPO法人州都広島を実現する会」事務局長の野村吉春CNCP理事がまとめた話題提供資料を基に、紹介します。

■「地方創生」は如何して生まれたか?

●「適疎な地域づくり」に関連する法令

私たちは、「○○法通りに企画する」ことは考えていませんが、関連法の存在は把握しておきます。

法律等の名称試行期間適用
①過疎法 正式名称は「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法」・1970制定 ・改定を重ね、現在2021年から第5次となる・財政規模の小さい自治体への支援。 ・現在885市町村(全基礎自治体1718の51.5%) ・国勢調査ごとに地域を見直し、今後も増加が見込まれる。
②地方創生法 正式名称は「まち・ひと・しごと創生法」・2014~2019 (第一期) ・2020~2024 (第ニ期)・第1条(目的)には、東京圏への過度な集中の緩和を謳っている。 ・目標はまち、ひと、仕事づくりなど。 ・第二期ではSDGsなどの新しい発想が入り、中身のトーンも変わってきている。
③デジタル田園都市国家構想・2022閣議決定・「新しい資本主義」への成長戦略 ・デジタル実装を通じて地方が抱える課題を解決、誰一人取り残さず、「心豊かな暮らし」(Well-being)と「持続可能な環境・社会・経済」(Sustainability)を実現する。

●「地方創生法」の誕生

2012年に発足した第2次安倍政権は、当時の失われた20年への起死回生をかけて「①大胆な金融政策」「②機動的な財政政策」「③民間投資の喚起」という、通称「アベノミクスの三本の矢」を唱え、一気に株価の倍以上の急上昇を果たし、富裕層を中心に大きな評価を得ました。

しかし、その富が第一部上場企業の7割の本社がある東京圏に集中し、地方圏との格差が拡大してしまいました。東京の富がやがて地方に滴り落ちるという「トリクルダウン説」を唱えましたが、そうはならず、地方にアベノミクスへの反発の声が高まりました。

それに加え、右の写真の松田寛也氏の「地方消滅」(全国の半分896自治体が消滅する!という予言書)が出版され、これが大ベストセラーとなって、地方圏に「大激震」が走ることになりました。

政府は起死回生に向け、「地方創生法」を作り、左の写真の看板を地方に大量に設置しました。人口減少でシャッター通りとなった商店街に、この看板が立っている景色は、地元の人には苦笑でした。

●失敗に終わった第一期計画

2014年の第一期地方創成事業では「人口1億人維持=100年安心な年金制度」を目標に、全国の自治体に「人口フレーム」を作らせました。しかし最終年度の5年後には、同法第一条(目的)の「東京一極集中の緩和」が失敗に終わり、東京集中はさらに加速していました。つまり、自治体が作った人口維持・増加の計画は、国も承認したものの、大きく外れました。すべての自治体で、そこに住む人口を増やそうという想いは、夢だったのです。

そこで第二期地方創成事業では、シンクタンクの助言も得て、「二拠点居住(デユアルライフ)」の推進 、「交流人口」の増大、ふるさと納税や通販での買物等による「関係人口」だけでもよい・・という案になり、日本中で「人口」そのものを増やすことを諦めた感が伺えます。

■今世紀末の日本

●そもそも人口って何だ?

「人口とは人の口と書きます。つまり、人は飯の食えるところに集まるのです。」「人口から地域の全てが読み解けます。」と、藻谷浩介さん(山口県出身の元政策投資銀行の方で、地方経済や地方政策などを主体に十何冊も著作がある)は言います。この人口とは、総人口だけでなく、年齢別・職業別・出生率・世帯数・・等々で、その時系列の変化から地域の動向を読み解くことが出来ると言うのです。

人口の話から逃げたいですが、「適疎な地域づくり事業」で(米GS社のような投資判断のもとで)、これから地銀に投資なり融資の交渉をする場合には、やはりベースとなる地域の人口とか、就業者、関係人口などの数値が無いと説得が難しいはずです。

●今世紀末の人口予測

今世紀末というと、今日生まれた子が老人になった頃。そんなに先の話ではありません。下図は国の人口推計ですが、2100年に、高位推計で6407万人、中位推計で4771万人、低位推計では3770万人と予測されています。

●問題は出生率

人口計画は国家100年の計とも言われます。明治からの人口増加も急激でしたが、2004年からの人口減少も急激ですね。人口減少は出生率が低いためですが、前号(2月号)でお話ししたように、非婚化が進む「ソロモン社会」、若者が集まる東京の出生率の低さが問題です。これも「適疎な地域づくり」の重要なポイントです。

●東京圏とコロナ禍

このコロナ禍で、2020~2021年の2年間ほど東京都の人口が減少しましたが、実態は、東京から周辺の神奈川県・埼玉県・千葉県への移転(=郊外居住化)で、2022年には東京の人口増加に戻りました。TVなどで報道された「東京圏からの地方移住」の実態は「都心から郊外への移住」だったのです。東京から離れたくない理由、これも「適疎な地域づくり」の重要なポイントです。

●今世紀末の東京圏と地方圏

さて、前ページの図のように、これから日本の人口がどんどん減り、今世紀末に凡そ1/3(中位推計で4771万人)になります。今、東京圏の人口は3850万人で、高齢者も沢山いらっしゃいますが、このまま若者が集まり続けるのでしょうか? そして人が居なく仕事がない地方が徐々に消滅していくのでしょうか? この傾向は「国土経営」の観点から放置できません。行き過ぎた東京圏への人口集中が、振り子のように戻る切っ掛けづくりが必要です。その1つが「適疎な地域づくり」だと思います。

■豊かさと幸せの相関 

●「人の幸せ」とは何でしょう?

哲学的な「幸福論」は十人十色ですが、「適疎な地域づくり」に向けての「幸せと感じる地域づくり」の要素は何でしょうか? CSV研究会では、次のような要素が上がりました。

①豊かな暮らし・・・やはり経済が重要✛物質、文化、自然環境などの豊かさ

②人との繋がり・・・一人じゃ面白くない、いい仲間とお付き合いしたい

③安全・安心・・・・災害、事故、病気へのリスクヘッジ

④持続可能性・・・・単発で終わりそうでなく、継続的な発展性 ⑤満足度・・・・・・最後は、やはり自己実現への肯定感

●経済と幸せの関係は如何なのか?

東京に人が集まる大きな魅力の1つに「豊かな経済価値」があると思いますが、総合的な「幸福度」は如何でしょうか?

地方圏の一人当たりの県民所得は、東京の凡そ半分しかない県もありますが、過疎地であっても、衣・食・住に困ることは無いし、健康寿命も長く、医療や福祉面での施設や見守り体制も整っている地域も少なくありません。

●幸福度と所得の相関図

右の図は、県民一人当たりの平均所得と、ダイヤモンド社・ブランド研究所の2022年度版県民アンケートの平均点を用いて作った「幸福度と所得の相関図」です。

赤字の①~④を参照してください。人の集まる「東京」の所得はダントツですが、幸福度はずいぶん低くなっています。逆に、九州の幸福度は全体に高く、「適疎な地域づくり」をするときに所得の高さが決め手ではないことが分かります。

■土木学会と世間の関心事の乖離

●土木学会の気づき

2022年度土木学会全国大会で、土木学会の企画委員会が、「SDGs」への取組について、「土木学会の会員」と「世間(≒一般市民)」(損保ジャパン調べ)と17項目についての関心事を調べた結果(右図)を発表しました。

 その結果、「気候変動・異常気象」と「エネルギー資源」は、世間の関心と学会員の関心が一致していましたが、学会員の関心が極めて高かった「インフラ整備・刷新」と「都市の一極集中と地域活性化」は、世間の関心は極めて低く、大きな乖離が見られました。

企画委員会では、乖離の大きいこれらの項目は、学会内だけで議論し、外部と話をして来なかったのが原因であろうと総括していました。

●「適疎な地域づくり」で考慮すべき課題

右図のSDGs・社会課題に係わる項目のうち、「適疎な地域づくり」に関連する項目を★印で示してみました。

乖離の原因は、相互コミュニケーションの不足、両者の認識・理解の偏り・不足の現れと思います。「①都市の一極集中と地域活性化」「②インフラ整備・刷新」「③森林保護」「④食糧問題」「⑤高齢化社会」などについては、土木と市民社会との対話の必要性を強く感じます。