核シェルターの話(1)

核シェルターの話(1)核シェルターの話(1)

核シェルターの話(1)

元 防衛大学校 教授
矢代 晴実

東京都が、外国からのミサイル攻撃対策として、都営地下鉄の麻布十番駅に地下シェルターを整備するという方針を明らかにしました。2024年1月に小池百合子東京都知事は、2024年当初予算案に調査費として2億円を計上し、「国際情勢が厳しいことを踏まえ備えが必要」「フィンランドなどで、シェルターを見てきたので、参考にしながら、進めていきたい」と語っています。

また、政府の林芳正官房長官は2024年2月13日の衆院予算委員会で、武力攻撃を受けた際に住民らが避難するシェルター施設に関し、3月末をめどに整備地域と構造に関する政府方針をまとめる考えを明らかにしました。

さらに、2024年2月26日の衆院予算委員会で、岸田首相は、自民党の石破元幹事長と、ミサイルの着弾などの有事に備えた、シェルターの整備について議論を交わしました。岸田首相は「弾道ミサイル等の爆風の直接被害を軽減するという観点から避難所を設置することは大変重要な課題だ」と指摘して、シェルター設置のガイドライン整備など政府の取り組みを説明しました。


■はじめに

日本を取り巻く安全保障環境は緊張した状況を迎えてきており、国民の命を守るシェルターの重要性が指摘されてきています。しかし、日本は世界で最もシェルターの整備が遅れている国のひとつと言われています。

■ミサイル攻撃シェルターの現状と核保有国

海外のシェルターの整備は、1960年代から地下シェルターの整備が進んだスイスでは人口比で100%を超える普及率といわれ、北欧でも80%以上、アジアでも近隣である韓国のソウルは300%以上の普及率といわれている中で、日本の普及率は、限りなく0%に近いと言われています。

海外のシェルター整備の背景にある核保有国と保有数は、日本核シェルター協会によると、2021年のストックホルム国際平和研究所の推計で、左図のように米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9ヵ国となり、合計で約13,080発もの核兵器を保有しています。

図を見ても分かる通り、保有国の多くが我が国の周辺にあり、日本は常に核の脅威にさらされていると言ってもいいでしょう。

■海外のシェルターについて

・スウェーデンには数多くのシェルターがあります。これは潜在的な空襲から身を守るために1940年代から建設されはじめ、核戦争の脅威の時代50年代から60年代に今あるシェルターのほとんどが建設されたと言われています、シェルターのカバー率は人口の70%程度で、スウェーデン全土のシェルターマップが公開されています。

https://msbgis.maps.arcgis.com/apps/instant/nearby/index.html?appid=8bfc89e7c6064bc181c6a1a6bbac2fa3&sliderDistance=1

新築のシェルターはそれぞれ数万人が収容可能で、一人当たり少なくとも0.75m2の空間を持ち、水・熱・トイレ・換気設備が備わっています。

・フィンランドは、ロシアと国境を接して約550万人が住んでいます。全国の約5万500ヵ所に市民用シェルターが設置され、計約480万人を収容できるといわれています。人口約65万人のヘルシンキ市には約5500ヵ所のシェルターがあり、旅行者ら住民以外も入れるように約90万人分のスペースが確保されているといわれます。一定規模以上の建物にはシェルター設置義務があり、シェルターの大半は民間の所有になっています。公営シェルターは平時には駐車場や運動場などに利用できるように整備され、ヘルシンキ市の地下鉄駅もシェルターを兼ねています。爆風や毒ガスなどへの対策に加え、1970年代以降につくられたものは核シェルターとしての機能も備えており、条件によっては最大で数カ月間、避難することも可能だといいわれています。 ・シンガポールは、核攻撃から守るため、新築住宅にシェルターの設置を義務付け、さらに多くの公共シェルターを建設することに決めていると言われています。シンガポール全土には500ヵ所以上のシェルターがあるといわれて、シンガポール市街地のほぼ全域をカバーするMRT(Mass Rapid Transit:大量高速交通機関)の地下鉄駅、学校、およびコミュニティセンターなどに設置されています。MRTシェルターでは、面積に応じて3000~19000人を収容でき、施設には防護爆破ドア・汚染除去設備・換気システム・電力および給水システム・ドライトイレシステムなどがあるといわれています。

■スイスの核シェルター

世界で最も核シェルターが普及し、核シェルターの仕様がしっかりと定められている国がスイスだと言われており、以下に、日本核シェルター協会の資料を参考に紹介します。

スイスは世界で最も早く、1963年に核シェルターを建設するための法令を定め、1966年には技術指針「TWP1966」が定められました。1967年から2011年まで、個人住宅を建設する際にはこの仕様による核シェルターの設置が義務とされました。その結果、スイスでは人口比で100%以上の核シェルターの普及率となっています。

TWP1966の影響は大きく、アメリカや欧州で核シェルター建設の際に参照されることになりました。その後、欧米での核攻撃の影響に関する研究の進展に伴い何回かの改定が行われ、現行のTWK2017(2017 Technische Weisungen für die Konstruktion und Bemessung von Schutzbauten『シェルターの建設と評価に関する技術指示』)に至っています。日本核シェルター協会では、TWK2017を参照しつつ、日本の風土に適した構造を採用したガイドブック「核シェルター建設指針 基本設計編」を発行しています。下に表紙と中身の一部を示します。

しかし、2022年2月、ロシアによるウクライナへの侵攻を受けて、国家間には常に武力紛争の可能性があること、大国による侵略があることが改めて認識されました。さらに、プーチン大統領による戦術核使用仄めかし発言や、ベラルーシに戦術核を移動した発言などによって、戦略核はともかく、戦術核は使用される可能性が高いことも改めて認識されました。

こうした事態の中、スイスでは、2023年5月1日に「シェルターコンセプト」という通達が出されました。

スイスの核シェルターの実例として、日本核シェルター協会の資料より、チューリッヒ郊外にある個人住宅の核シェルターを紹介します。一般個人住宅の地下に続く階段を下りていくと、防爆扉があります。この防爆扉は厚さが200㎜あり、1MN/㎡の衝撃波に耐えられる仕様となっています。防爆扉の奥にシェルター個室があり、スイスでは、個人住宅のような極小規模な核シェルターでは必ずしも気密室や除染室をつくる必要はないため、個人住宅では防爆扉のすぐ奥にシェルター個室が設けられているケースも多いようです。

学校などの核シェルターは、30~40名程度が入れるシェルター個室が複数用意された大規模な核シェルターになっています。学校ということもあって、管理・運用は自治体の設備担当者が管理を行っています。地下のシェルター個室には3段ベッドが並べられており、除染室にシャワー・洗面所・トイレ・非常用発電機(オレンジ色の機械)が設けられています。

個人住宅や学校などでは、設備といっても換気装置以外には、除湿器や簡易トイレ程度しか置かれていなことも多いのですが、病院などでは非常用発電機・空調・衛生設備もしっかりと設えられています。換気装置も大容量の換気量に対応したタイプが複数台用意され、ダクトを通じて各空間に新鮮な空気を送り込むようになっています。病院などでは、横に貯水タンクが設置されており、有事に上下水道が止まった場合はこの貯水タンクから水を取り入れ、トイレやシャワーに用いて、排水桝に汚水を溜める構造となっています。なお、有事の際に設備担当者も収容される決まりになっていて、機械設備をそれぞれ3人の担当者が交代制で管理することになっています。

スイスでは、核シェルターというハードウェアを用意するだけでなく、運用や使い方などの避難指針も整備され、ヒトや法令、運用まで含めた広い意味でのソフトウェアまで完備させています。

2024年3月に、内閣府・消防庁・経済産業省・国土交通省・防衛省は、連名で「武力攻撃を想定した避難施設(シェルター)の確保に係る基本的考え方について」を発表しました。

次回は、シェルターの区分や備えるべき性能について紹介し、前記したスイスの核シェルター仕様で日本において実際に地下核シェルターを建設した「日本核シェルター協会」の事例を説明する予定です。