シビルNPO連携プラットフォーム 副代表
アイセイ株式会社 代表取締役 岩佐 宏一
みなさんのおすすめの地域はどこでしょうか?
私のいちばんのおすすめは「沖縄」です。
「沖縄のどこが好き?」と聞かれると、どこと言い切るのはむずかしいのですが、ほぼ一年中あたたかく、穏やかな風が吹き、何より海がきれい。そしてホテル好きの私にとっては、個性豊かなホテルがあちこちにあり、どこに滞在しても楽しめるのが何よりの魅力です。年に2〜3回、十数年通い続けていますが、そのたびに新しい発見があり、いつ行ってもワクワクさせてくれる場所です。
ただ、今の「一押し」は、私が生まれ育ったまち“水と緑と詩のまち”「前橋」です。
■シャッター街になった故郷
私が子どものころの前橋は、路面店や百貨店がにぎわい、アーケードを歩けば誰かしら知り合いに会うような活気あるまちでした。しかし、上越新幹線の停車駅が高崎駅になり、まちへの投資的価値が低下したことなどから、次第に空洞化が進みました。夜の華やかさばかりが目立つようになり、昼間の人通りは少なくなり、アーケードの商店はシャッターを下ろす店が増え、日本屈指の「シャッター街」と呼ばれるようになってしまいました。賑わいのあった最盛期と比べると、訪れる人の数は10分の1まで減ってしまったと言われています。
■民間の力で変わり始めた前橋
そんな前橋が、いま「訪れたいまち」へと変わりつつあります。きっかけとなったのは、行政主導ではなく、民間の活力でした。
近隣のライバル都市である高崎市との比較を見てみると、どちらも人口減少が続いており、特に出生数と死亡数の差である「自然増減」は避けられない状況です。一方で、転入と転出の差である「社会増減」については、前橋は増加に転じています。
この理由を単純に説明することはできませんが、「前橋を盛り上げたい」という行政と民間の思いと行動が、少しずつ結果として現れているのではないかと感じています。ここからは、その行動について少し紹介したいと思います。

■「めぶく。」前橋ビジョンの誕生
前橋市では、平成28年に「都市魅力アップ共創(民間協働)推進事業」として、前橋ビジョン「めぶく。」を掲げたまちづくり構想が始まりました。この推進事業を先導したのは、アイウエアブランド「JINS」の田中仁さんが立ち上げた「一般財団法人田中仁財団」です。財団を通じて、前橋市のビジョン策定をドイツのコンサルティング会社「KMS TEAM」に依頼し、「Where good things grow(よいものが育つまち)」というコンセプトが提案されました。そのフレーズを市民により浸透させるために、糸井重里さんが日本語で「めぶく。」と表現しました。
この「めぶく。」は、「前橋のまちはどうせ変わらない」とあきらめかけていた気持ちを、「前橋はこれから変わる」「自分たちで変えていく」という前向きな思いへと切り替える、大きなきっかけになったのだと思います。
■共感する人が集まり、プレーヤーが増えていく
「めぶく。」のビジョンに共感する人々が増え、前橋に新たな価値を生み出そうとする動きが広がりました。そのひとつが、前橋の新たな価値づくりを目指す「太陽の会」です。さらに、地域のサポーターが集まり、コミュニティハブとなる「前橋まちなかエージェンシー」も立ち上がりました。
令和元年9月には「前橋市アーバンデザイン」が発表され、それと同時に、まちづくりをサポートする「前橋デザインコミッション」が設立されました。これにより、それまでの行政主導の取り組みから一歩進んで、官民が連携しながら、思いを実際の行動へとつなげていく体制が整っていきました。
■川と本とデザインがつくる、新しい前橋の風景
前橋のまちの真ん中を流れる広瀬川周辺では、整備に合わせて水辺空間の利活用が進められています。広瀬川マルシェ、キッチンカー、ワークショップなど、多様なイベントが生まれ、訪れる人の満足度を高めています。
メインアーケードの中央通り商店街では、「本で元気になろう」をコンセプトに、糸井重里さんプロデュースの「マエバシBOOK FES」が開催されています。このイベントの面白いところは、「本を売る」のではなく、「本を通して交流する」ことを大切にしている点です。本の交換や出展者とのコミュニケーションを通して、本を無料で持ち帰ることができます。 かつてシャッター街と呼ばれた通りに、約4万人もの人が集まり、人と人とのつながりが生まれ、周辺商店にも活気が戻りつつあります。

■点在するデザインスポットがまちの魅力を底上げする
前橋には、点在するデザインスポットも、まちの賑わいを支える大切な要素になっています。
平田晃久建築設計事務所による「まえばしガレリア」は、アートと生活空間が共生するコーポラティブ・クリエイションハウス。サポーズデザインオフィスが手掛けた複合施設の「ばばっかわスクエア」、ジャスパー・モリソンさんがデザインし、高濱史子さんがローカルアーキテクトを務めた馬場川通り入口の「馬場川パブリックトイレ」、広瀬川湖畔に移設された、岡本太郎「太陽の鐘」。そして、前橋の新たなシンボルともいえる、藤本壮介さんデザインの「白井屋ホテル」。
これらのスポットが点から面へとつながることで、まちの魅力を一層高めています。

■全国初のSIB事業「馬場川通りアーバンデザインプロジェクト」
極めつけは、「馬場川通りのアーバンデザインプロジェクト」として実施された、全国初のSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)事業です。太陽の会からの3億円の寄付金を、馬場川通りの改修工事費に充て、道路インフラの整備から周辺のまちづくりへと展開しました。その結果、ロジックモデルにおける中間アウトカムとして設定されていた「通行量の増加」という成果を実際に達成しています。
■私にとっての「適疎な地域」=前橋
私がおすすめする前橋は、多様な人たちが、それぞれの思いで地域課題に取り組んでいるまちです。
その取り組みの結果、人と人とのつながりはより深くなり、やがて網の目のように絡まり合いながら広がっていきます。その先に、まちの活性化や地域の豊かさが育まれていく。そんな前橋こそ、私にとっての「適疎な地域」です。

■都市の豊かさと、その影の部分
一方で、都市部への一極集中が進む地域では、人材や情報が集まりやすく、経済的な豊かさや生産性の向上が期待できるというメリットがあります。個人にとっても、仕事や学びの選択肢が多く、生活が便利で、不自由を感じにくいという良さがあります。しかしその裏側では、交通渋滞やごみ処理問題に伴う大気汚染、災害時の被害の拡大、そして物価上昇による格差の拡大など、さまざまな課題も生まれています。
■もっと気楽に「地域との関わり」を考えてみませんか
こうした地域間の課題を和らげるひとつのヒントが、「地域とのかかわり方」を見つめ直すことだと思います。
もっと気楽に、地域との関わりを考えてみませんか。
心のよりどころとして地域に委ねることへの安心感。自分を受け入れてもらえ、没頭できて、夢中になれる場。そんな場所を、ひとつ持ってみる。それが「適疎な地域」との出会いなのかもしれません。
みなさんにとっての「適疎な地域」を、探してみてはいかがでしょうか。
