「適疎な地域づくり」を目指してその4:地域づくりの主役は誰か

「適疎な地域づくり」を目指してその4:地域づくりの主役は誰か「適疎な地域づくり」を目指してその4:地域づくりの主役は誰か

土木と市民社会をつなぐ事業研究会
(通称:CSV研究会)

私たちの研究会では、「適疎な地域づくり」の研究をしています。今回(第4回)の話題は、「地域づくりの主役は誰か」です。そして「事業フレーム」、「建設界は、適疎な地域づくりにどう関わるのか?」と続きます。今回もCSV研究会のコアメンバーである「NPO法人州都広島を実現する会」事務局長の野村吉春CNCP理事がまとめた話題提供資料を基に、紹介します。

■主役は地域住民

●地方自治の本旨

日本の地方自治は、日本国憲法第8章「地方自治」の第92条に「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。」と示されており、「適疎な地域づくり」は、地域住民と地方公共団体の「自尊・自立の精神」が核になります。

●大前研一氏の主張

大前研一氏は、代表的な「道州制論者」で、政府と霞が関が日本全体を統治する中央集権体制を変え、地域のことは各自治体が思い思いのエンジンを吹かしていくシステムに変われと主張しています。今の日本は国という単発エンジンだけで飛んでいるジェット機のようなもの。今日の視界不良の危機を回避するためには、単発エンジンでなく、「小回りの利く新たなエンジンを複数搭載して、その総合力で窮地を脱する方法しかない」と主張しています。

●地域政策への関心

ただいま4年に一度の「統一地方選」のまっただ中ですが、住民が選ぶ地方自治体の首長や地方議員への関心ですが、かつて80%もあった「選挙の投票率」が前回は50%を割り、また議員の成り手が無く「無投票選挙区」が全体の1/4を占め、女性の立候補者が僅か15%となど、地域政策への住民の関心が離れており、たいへん厳しい状況が伺えます。

●地域社会の変遷  

ここで、地域社会、主に過疎地域の20年くらい前からの変遷を4段階に分けて、次ページの表に整理してみました。

この表のように、20年の間に、日本中の過疎地域が「移住(交流・関係人口の獲得を含む)」を歓迎する方向へと大きく舵を切ってきました。そして、かつての、いわゆる「若者・バカ者・よそ者」と言いながらも、誰でも歓迎してきた時代から、地域づくりを主導的に担える「高学歴」、更に優れた職能を有する「高度人材」を求める時代へと、移行しつつあります。 つまり、今、地方移住する人たちの多くは、都会から追い出された訳ではなく、例えば元々事業家としての才能があり、彼らのキャリヤなら何処でも自分で稼げる能力がある人たちが目立ちます。「普通の会社人間」としての生き方に飽き足らず、都会にはない「地域に埋もれた資源」を、新たなキャンパスに見立てた、むしろ都会人が憧れるような、「ユートピアの実践」を目指しているかのようです。

社会の主役年代主な特徴
①伝統的な 「村社会」戦後~2000 年代前半まで・戦後、民主主義の時代になっても、多くの「村社会」があり、一部の長(おさ)によって仕切られていた。 ・都会からの移住にはハードルが高く、「よそ者」と言われ、村のシキタリに対応できず、戻った人も少なくない。
②長(おさ)達 の機能不全2000年代後半 ~2015年頃・伝統的な「村社会」を嫌う地元の若者たちが、村を去り、残された長老は高齢化し元気を失っていった。特に女性は(何れ家を出るという慣習もあり)、男性以上に村から出て行った。 ・「地域の自力再生」が困難となり、「消滅を待つのみ」という状況になっていく。
③新たな参入 (ステージ1)2015~ 2020年頃・2014年制定の「地方創生法」の目玉事業として、総務省が3年間の費用負担する「地域おこし協力隊」が発足する。 ・どこの役場にも10人位いるが、役場も「協力隊」を活かせず、必ずしも十分な成果が発揮されていない。 ・過疎地域の自治体の全てに「移住相談窓口」が設置され、住居の斡旋はもとより、仕事場など手厚い対応を始めた。 ・「若者・バカ者・よそ者」の誰もが歓迎された。
④同上 (ステージ2)2020年以降・コロナ禍により、「ワーケーション」や「テレワーク」が一般化し、移住を含め、ワークスタイルが変化した。 ・移住する人たちには、高度な職能を持った人(元商社マン・研究職・シンクタンク・ベンチャーなど)、既に幅広いネットワークを持つ「高度人材」等の主体的な参画へと変化している。

■大事なのは顧客か自分か?

「地域づくりの主役は誰か」という問いに対して、以下のような世の中の仕組みを前提に、大胆な考察を示しておきましょう。これは、「適疎な地域づくり」の事業に関わらず、皆さんの日常的な仕事にも通用する概念だろうと思われます。

関係者「適疎な地域づくり」の提案や活動をする際の留意点
①地域住民・憲法第92条に書かれる「地方自治」の主体の1つ「住民自治」の当事者。 ・地域住民へ明確な「大義」や「メリット」を提示することが必須。 ・住民と情報・考え方・目標等の共有を行い、無用のトラブルを防ぐ。
②自治体・憲法第92条に書かれる「地方自治」の主体の1つ「団体自治」の当事者。 ・地元の自治体とは「連携・協働」を考える。 ・自治体の既存予算をあてにすることは最小限にすべき。 ・地元議員などの政治的な介入は、両刃の刃、要注意。
③国・「今の国のかたち」を変える提案・活動だが、国に逆らう姿勢は不適切。 ・国の補助金や助成金を受けることにも注意が必要で、それを目的化すると失敗する。 ・国には「良い成功モデル」を提示して、「連携・協働」の形を目指す。
④地域の主催者・私たちが単独で、地域にいきなり入って行く方法はありえない。 ・まずは、地域での先行者に教えを請い、先行者の支援に徹するのが、最初の仕事。
⑤私たちが設立する団体・法人組織として「適疎な地域づくりの会」をつくる場合は、支援団体の立場。上記①~④に関連するプラットフォームとして、半公的な役割を担う。
⑥私たちの自分の会社・社員である以上は、企業としての利益、そして事業のメリットをきちっと示すことは当然の義務。
⑦わたしたち自身・個人の主体性が重要。関わり方には色々な役割があるという柔軟性もポイント。 ・仕事としての「楽しさ・面白さ・充実感」がなければ続かない。 ・本題の「大事なのは顧客か自分か?」という答えは、⑦の「個人の充実感」があって、 → ⑥の「会社の業績」に寄与し、遡って最後に → ①「地域への貢献」に繋がる。

■事業フレームの検討モデル案

以下に、「適疎な地域づくり」を進める際の事業フレームとして「モデル案」を示しました。

国民世論や地域住民とのコミュニケーションを重視したイメージで、従来型の「自治体の地域づくり」への執行形態を支援する形で、「適疎な地域づくり事業を統括する法人組織」の形態は如何でしょうか。 私たちCSV研究会で、どこまでサポートできるかは、今後の進展の中で考えてゆきます。

●参考モデルとしての「DMO」の紹介

2015年にスタートした観光振興の仕組み、DMO(Destination Management/Marketing Organization)という仕組みをご存じでしょうか。

DMOは、地方創生の切り札とも言われ、これまでは各分野や産業が個別に行ってきた観光振興を、DMOが一元的に担うことで、インバウンドを中心とした観光客を地方に誘致し、交流人口を増やして地域の「稼ぐ力」を引き出す。それが地域の活性化につながり、ひいては地域への定住の促進にもつなげたいと謳われています。

我が国でトプバッターの「せとうちDMO」は、政府に先立つ2013年に、瀬戸内海を囲む「兵庫県・岡山県・広島県・山口県・徳島県・香川県・愛媛県」という7件に、太い横櫛を指す形で「産業支援✛金融支援✛行政への支援✛各種コンサルティングサービス等々」を行う、そんな観光経営のフロントランナーとして活動を行っています。特に、各県の地銀や信金が、金融とコンサルティングを強力にバックアップしている所が凄いです。概要は下記のサイトをご覧ください、

せとうちDMOの詳細は:https://setouchitourism.or.jp/ja/setouchidmo/

●参考モデルとして「民が募り・官が応じる」発想

これは日経BP社の「ビズボヤージュ」という情報サイトの紹介ですが目から鱗です。

従来から、官が発注する「コンペ」や「プロポ」は既に定着しています。しかし、行政が抱える課題は今や、年々多様化・複雑化しており、行政サービスが追いつかない状況が続き、社会的な課題が片付かず山積している状況です。そこで、民間企業が、多発する社会課題解決の商品市場(プラットフォーム)に案件を展示し、そこに自治体側が金額を提示して応募する「逆プロポ」の事業形式を始めました。

この発想は、私たちの建設界にとっても、従来の待ちの姿勢から、攻めの姿勢への転換に向けて、大いに検討に値する方式ではないかと思います。

詳しい情報は、https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/coolproduct/00011/?P=2

■注目すべき新聞記事の紹介

次に少し異なる角度から、2点ほど注目すべき新聞記事を紹介します。

●「日本衰退 土台から立て直せ」(2022/11/10中国新聞)

NPO法人環境文明21代表の「藤村コノエ氏」の評論です。

これは、今どきの話題ということなら、カーボンニュートラルなどの、単なるありふれた環境問題の話しかと思って読み始めたら、何と大間違いであったという紹介です。

藤村コノエ氏はそもそも「日本の失われた30年の衰退」という日本の現状を厳しく反省し、「環境とは全ての生命と社会経済活動の基盤である」と述べ、「この国の土台から創り直せ」と提言しています。 ここでは、その詳細な説明を省きますが、私たち建設界も、市民社会に向けて、インフラメンテとか、人手不足や、資源の高騰などの目先の話をする前に、「日本の国土経営のあり方」というスケール感での提言ができないとダメだ・・とつくづく感じました。

●「地元を支える人にリスペクトを」2022/11/30(中国新聞)

この記事もまた、私たちの研究会に向けて、大変素晴らし指摘を述べています。

大阪大学教授の「吉川徹氏」の「地方圏は過度な人口流出を食い止めないと、確実に消滅に向かう」というコメントで、次のように話しています。島根県にも、一定数のU&Iターン(移住者)はあるが、島根県全体としては年間1000人の転出超過です。 総務省の「地域おこし協力隊」、「島根大学や県立大学」、高校の「島根留学」などの呼びかけを図っていますが、その遺留期間はわずかの3~5年の短期間での一時しのぎに過ぎません。

せっかくお金を掛けて、若者を育成しても、すぐに県を去るのでは、費用対効果が低いのです。しかし、その根底に厳然と横たわる都市部との「大学の格差」や「職場の格差」といった問題を簡単に解消することは、中々難しいことです。

そのようなハンデを踏まえつつも、「地元に留まる者」や「島根に来た者」、そんなU&Iターンの若者を県内に引き留めるには、①地域を支える役割への高い価値観(=リスペクト)と、②それに見合う報酬が必要になります。それには、「都会で活躍する若者達に勝る高度な処遇」を整えないと、確かな成果は得られません。

そこで、現政権は「デジタル田園都市国家構想」という目玉政策の中で、「中央と地方の地域格差の是正」に向けて、政治が何処まで踏み込めるのか・・そこに非常に大きな注目をしている所です。

■建設界は「適疎な地域づくり」にどう関わるのか?

さて、この「適疎な地域づくりを目指して」というシリーズの4回目の着地点として、建設界への期待を込めて、その要点をまとめておきましょう。

●これまでの関与の仕方

これまでの建設界は、国や自治体からの発注の下、調査・設計・施工・管理と別々の業種の会社が担ってきましたが、対象は個別・単体の事業であって、私たちが「地域づくりのマネジメント」に参加する機会は非常に少ないものでした。「適疎な地域づくり」では、私たちは必要な事業全体を統括する役割に加わり、様々な異業種や団体・住民・自治体等との連携を図る必要があります。

●業者にすべてを支払った地方

地方創生事業の取組みでは、「都市部から人を呼ぶこと」を考え、都市部の専門業者に依頼した「イベント企画」で一定の賑わいは得られましたが、地域には何のレガシーも残っていません。国から地域に投入された補助金は、それらの業者に支払われてしまいました。こんなことを繰り返しては、地域はボロボロになって消滅するでしょう。このような仕組みには大きな反省が必要です。

●建設界本来の職能を活かせ

そこで私たち建設界は、他の産業界にはない「地域づくりのグランドデザインを描く」という、地に足を着けて全体を見渡す職能を有しています。建設界の果たすべき役割は、「地域の活動を俯瞰的に捉え」、「適疎な地域づくり」に関わる多様な活動の効果を高め、地域の暮らしが継続的に維持・向上できるような社会の仕組みを考え、それに必要な社会基盤と仕組みを整えてゆくことです。

●地域への「より良い未来づくり」を提供する

例えば、具体的な側面で言えば、「地域の適疎化」へのコンパクトシティという概念やインフラメンテなど。適切な取捨選択や統合や未来への新技術を取り入れた「リニューアル」。地域の課題や地域が目指す姿に応じた様々な選択肢を提供し、賢い選択をすることが求められます。

●「CaaS」への挑戦

既に日本経済は「モノからコトへ」シフトしています。建設工事も、どんどんCommodity化し、as a Serviceが本格化します。この数年間の地銀改革を見て下さい。かつて本業だった「勘定奉行」を各行共通のクラウド化することで、大幅なコスト改革を果たし、地域を支えるConsulting事業に経営資源をシフトしています。今期の業績向上が一目瞭然です。つまり、「適疎な地域づくり」は、私たち建設業のサービス化(=as a Service)への踏み出しでもあります。

●地域を支える人へのリスペクト そのうえで、「適疎な地域づくり」の認定を受けた事業には、国土経営における「マクロ経済としての価値向上」の観点から、「地域を支える参加者へのリスペクト」として、「それに見合う報酬」が与えられるような制度設計も併せて提言したいと思います。