「適疎な地域づくり」を目指して その2:「失われた30年」とは何か?

「適疎な地域づくり」を目指して その2:「失われた30年」とは何か?「適疎な地域づくり」を目指して その2:「失われた30年」とは何か?

土木と市民社会をつなぐ事業研究会
(通称:CSV研究会)

私たちの研究会では、「適疎な地域づくり」の研究をしています。前回・初回(1月号)では「適疎ってなんだ?」というテーマで話しました。今回、話題にする「失われた30年」は、通常、土木の世界では直接関係のない話ですが、研究会のコアメンバーである「NPO法人州都広島を実現する会」事務局長の野村吉春CNCP理事が、後述の3つの書籍を絶賛されていて、「適疎な地域づくり」には欠かせないと力説されます。その話題提供資料を基に関係性を探ってみます。

■「失われた30年」と「適疎な地域づくり」の関係

●「失われた30年」を表す指標

「失われた30年」は、今日の日本を語る「経済用語」となっており、今や「常識」なので、ここでは要点だけをまとめてみます。わが国の「失われた30年」を客観的に示す「5大指標」というのがあり、通常、下表のように言われます。

5大指標成績・世界ランキングなど
①GDPの停滞・国でも地域でも「GDP」は経済力そのもの。 ・この30年間、先進国でGDPが伸びないのは日本だけ。 ・2010年に、2位の座を中国に譲って、今は3倍の開き。2050年には、日本が9位に転落するとのシナリオもある。
②所得水準の成長なし・アベノミクスによる一定の富裕層が誕生したが、中間層が薄くなり、所得水準の大きな山が中~低所得層にシフトした。 ・最近、物価高が顕在化し、国民の所得水準の低さの問題が、論じられるようになってきた。 ・日本の課長クラスの安月給、中国とは2倍の格差がある。
③労働生産性の低さ・日本の労働生産性はOECD諸国で28位。 ・二次産業(生産部門)は悪くないが、三次産業で、特に「サービス業」において著しく悪い。 ・サービス業は非常に広い職業が含まれ、経済誌などの指摘では、現場よりも「バックオフィス」の機能が劣る。 ・サービス業が9割を占める首都機能の問題でもある。 ・この度のコロナ禍で明らかになったことは、アジア諸国よりも劣る日本のDX化の遅れ。
④国際競争力が低迷・2022年度は世界で34位と低い。 ・「国際競争力」は、スイスのIMD 国際経営開発研究所が国家の競争力に関する年次報告の調査で、「経済状況/経済パフォーマンス」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の4つの大項目で順位づける。
⑤幸福度ランキンングが非常に低い・2022年度は世界で54位と低い。 ・「幸福度ランキング」は、国連機関の「持続可能開発ソリューションネットワーク(SDSN)」が毎年発表している世界順位。「控えめな日本人」なのかも知れないが、低すぎないか。

●世界の企業ランキング 「失われた30年」が一目瞭然の「世界の企業ランニング」を、次ページに示します。この約30年の変わりように驚きを隠せませんが・・。1989年には世界のトップ10社に日本が7社も名を連ね、世界経済の2割を占め、「Japan as No.1」と世界から称賛されましたが、それが現在では、米国の「GAFA+M社」がトップを独占し、日本企業は30位までゼロ、日本一の大企業トヨタが31位。日本経済の世界シェアは5%を割りました。

https://startup-db.com/magazine/category/research/marketcap-global-2022より。
注)表中追記の赤文字は、米国GAFA+M社。

●世界金融センター構想

1990年代には、東京のお台場に、NYやロンドンと並ぶ「世界金融センター構想」が検討されましたが、実現しませんでした。2022年9月、英シンクタンクZ/YEN Groupの調査によると、「世界金融都市ランキング」で、東京は「世界16位」。アジア内でも中国の各都市やソウル等に抜かれて、7位という状態です。

●世界最大の人口集積都市:東京

右図の順位を見て下さい。東京圏の人口集積は、3850万人と世界一です。途上国が2位~6位で、50位以内に欧米はたったの5都市しか入っておらず、中国が9都市入っています。東京圏の3850万人もの人口集積は、欧米よりも途上国の姿で、集積の力を十分に発揮できていません。わが国の地方にある色々な面での「空間・余裕・余力」が十分に活かせていないと思います。

●世界の都市ランキング

人口だけでなく、経済力・社会・文化・環境などの指標を含む「都市ランキング」を、国内外の調査機関が発表しています。東京は、日本の「森財団」の評価では3位、海外では7位という評価です。上位の常連客はNY(2105万人)、ロンドン(1084万人)、パリ(1096万人)・・。東京には名実ともに一位に輝いてほしいと思います。

■「ニッポンの貧困」を紹介 

この「ニッポンの貧困(日経BP社)」は、「この国をダメにした病理」を鋭く指摘した本で、要点は次の3つです。

①病理の1つは「教育ゲームが将来を奪う」

②病理の2つは「女性と家族を巡る軋み」

③必要なのは「慈善」より「投資」

●「教育ゲームが将来を奪う」という病理

問題は、わが国が、まだ「学歴社会」だということです。つまり、高卒よりも大学・大学院・博士課程と高学歴が良いと考えられ、そのため人口が多く学校が多い大都市への進学が多くなります。さらに4年制大学を卒業した女子の就職先が地方には少ないため、東京圏への流入は、男性よりも女性の方が多くなっています。

◇教育界の実社会とのかい離

高学歴を望む一方で、高等教育のあり方にも問題があります。「企業で教育しないと使えない大卒・大学院卒」「教授へのノルマが生む博士号の乱発」・・。多くの若者に、実社会で即戦力となる教育がなされていないことには、問題視する方も多いと思います。

◇教育への高額負担

子育てや教育にはお金が掛かります。右図のように、少子化の圧倒的な主要因となっています。「学費ローン」や「奨学金」の返済不能者も社会問題になっています。

https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/promote/se_6/siryop31_p40.html

「適疎な地域づくり」への考察

近年の地域における優れた活動には、「高学歴」や「優れた職能」を有する人の活動が目立つものの、高専卒や高卒などのより若い人たちの活躍にも大きな期待が持たれています。

●「女性と家族を巡る軋み」という病理

この30年超、「女性」も「家族」も大きく変化し、次ページの枠内のような問題が上がっています。

◆「適疎な地域づくり」への考察

古来より「女性は家を出る」との慣習の中で、「女性は地方から離れたい」という思いが男性よりも強いようです。女性の都市進出が加速する一方で、社会の受け皿(制度)が間に合っていません。

■「一億、総孤独社会」を紹介

右の東洋経済11/26号の表紙のタイトルです。大都市圏の問題とも関わっています。日本の家族における「核家族化」は、日本の高度成長期の地方から大都市への大量の人口移動と共に始まりました。

●日本の家族構成

厚労省の家族構成の推移(右下図)によれば、2015年で世帯数が最大に達していることが解ります。(参考:人口のMAXは2004年)。

2050年には、それまで主流の「夫婦と子」の世帯は少数派となり、単独世帯が約4割を占めて主流となります。また、単独世帯のうち高齢者単独世帯の割合は5割を超えるとの予測を述べています。

東京はさらに進みます。東京都の統計によれば、既に2020年に単身世帯が50%を超えていますので、2050年には何処まで進むのでしょうか。都民のすべてが「豊かな東京暮らし」をしている訳ではなさそうです。

◆「適疎な地域づくり」への考察

「ソロモン」という言葉があります。広い意味でのソロ(=単身)生活者を言います。日本の「ソロモン社会」のトップを走る東京の世帯構成は問題だと言えます。東京は、わが国の政治・経済・教育・文化・情報を一極集中で抱え込みながら、同時に「日本一のソロモン社会」を産み、日本一の少子化、シングルマザー、子どもの貧困、適切な介護が受けられない高齢者・・という負の側面をも生み出しています。

「適疎な地域づくり」とは、第2の東京を目指すのではないことは、明らかですね。

「国土の長期展望」中間とりまとめ 概要より
https://www.mlit.go.jp/common/000135837.pdf

■1つ戻って「必要なのは、慈善より投資」

これが、先の「ニッポンの貧困」で言う「この国をダメにした病理」の解決編です。そもそもこの本には「慈善よりも投資」という副題がついています。これは、世界一の投資会社として知られる、米国のゴールドマンマンサックス(以下GS社)の経営方針、考え方でもあります。

わが国は、公的な「生活保護」があり、民間団体による数多くの「慈善」の活動があり、そこには尊い精神性を感じます。しかし、GS社の考えでは、「貧困層へお金や施しをする」のではなく、まずは「貧困層の居場所」を提供し、その代わりに「何らかの仕事」をお願いするという仕組みを作り、「一定の社会参加」、さらには「一定の経済活動」を営んで頂くというシナリオが良いとしています。これは税による給付から新たな経済活動を生み出すという、社会の経済側面における「マイナス要因」から「プラス要因」への転換を意味するものです。GS社はそのような仕組みで運営する事業者に、詳細な人件費や必要経費と事業効果を金額で予測させ、その「信頼性と費用対効果の大きさ」を判断して投資をします。

◆「適疎な地域づくり」への考察

「適疎な地域づくり」は、投資する価値のある事業に行きつくものと考えています。その場合の主な出資者は誰でしょう。政府の補助金への依存体質は望ましくなく、事業主体のスポンサーとしてのゼネコンであり、地方銀行であると考えています。今、地方銀行は、このような事業には、融資のみならず、コンサルティングサービスを含めて、相談相手になってくれる存在へと変化しています。

■「日本はどこで間違えたのか」を紹介

著者の「藤山浩」さんは、「日本の過疎発祥の地」と言われる島根県出身の民間人ですが、約20年間「島根県中山間地研究センター」の研究統括監をされ、過疎問題が専門で、過疎の現実を熟知されています。現在は(一社)持続可能な地域社会研究センターの代表です。 この本の要点は次の5つ。①日本はどこで間違えたのか。②停滞と閉塞にあえぐこの国の病巣を摘出。③地域社会を切り捨て、選択と集中に溺れた日本、持続可能な社会へと再生する処方箋とは‼ ④脱「一極集中」戦略を、地元の創り直しから実現。⑤地元から日本を如何に再構築するか‼

◆「適疎な地域づくり」への考察

これら5つのキャッチコピーは如何でしょうか? 日頃から、「この国のかたち」あるいは「地域のかたち」といった捉え方、土木の原点に立って観察している方には、思い当たるところがあると思います。

また、この本の著者の発言には「この地元から日本を変えるんだ」という信念が伺えます。地元のキーマンですから、もちろん、地元をしっかり見ているのですが、その前に「この国のかたち」という実態を、この国の様々な問題の本質を捉えており、その問題解決へのユートピアを、それぞれの地域に築いてやろうという熱意を感じます。

■「失われた30年」を40年50年にしないために土木が関わる

わが国の戦後の復興、「欧米に追いつけ追い越せ!」は、全国民に共通の想い・価値観・目標で、それには東京に政治・経済・情報等の中枢を集めて、国全体の事業を調整・指揮することが効率的で、日本の人口増加との相乗効果を生み、1979年に「Japan as No1」と言われ、前掲の1989年世界の企業ランキングに発展しました。

しかし、1975年には出生率が2.0を切り、少子化がスタートしていました。子どもが減れば、将来の生産人口も消費人口も減るので、移民を入れるかグローバルな仕事をしないと、経済は小さくなって行きます。採算性の悪い過疎地の企業は撤退し、そこの自治体も職員の採用を減らし、働き手は仕事のある大都市に移動し、悪循環が生まれます。

簡単に言うと「パラダイムシフト」、「この国や地域のかたち」の見直し・転換が上手く出来なかったということでしょう。しかし、国も自治体も、いろいろな手を打ってきました。次回(3月号第3回)は「地方創生法の誕生物語」と題して、その辺のお話しをします。そして、第4回(4月号)では「地域づくりの主役は誰か」と題して、私たちの関わりを考えて行きます。