微生物の力で土壌を浄化「バイオレメディエーション」

微生物の力で土壌を浄化「バイオレメディエーション」微生物の力で土壌を浄化「バイオレメディエーション」

微生物の力で土壌を浄化「バイオレメディエーション」

株式会社鴻池組 土木事業総轄本部
環境エンジニアリング本部 環境技術部
田中 宏幸

土壌汚染問題には、環境的、経済的、そして社会的な側面があります。化学物質の移動は遅く、その影響の度合いも把握しにくいことから、一般市民に嫌悪感(専門的には「スティグマ」と呼ばれる感情)を生みます。

また、汚染を取り除くには高額な費用がかかるために手を付けずに放置される場合や、汚染が広い範囲に拡がり、社会問題化する場合などをニュース等でお聞きになったことがあるかもしれません。

土壌汚染の原因となっている物質には、ドライクリーニングなどの洗浄剤として広く用いられてきたテトラクロロエチレンやベンゼン等の揮発性有機化合物質(以下、VOCs)、鉛等の重金属、油、それからダイオキシン類・PCB・農薬等の難分解性物質があります。

これらによる土壌汚染の対応には、①掘削処理、②掘削しない原位置処理、③積極的な対策をせずに管理していくモニタリングという、大きく三つの方法に分類することができます。汚染物質を取り除く①、②は、その方法によって大きく費用が異なります。今回は、そのうち、比較的コストの安い、VOCsや油を対象としたバイオレメディエーションについてご紹介します。

図1 好気性微生物が汚染物質を分解するメカニズム

(※:塩素系VOCsの場合は、嫌気性微生物の働きを利用する。嫌気性では酸素の代わりに硝酸イオン、硫酸イオン、二酸化炭素等が微生物の種類に応じて利用され、窒素、硫化水素、メタン等が生成される。)

バイオレメディエーションとは、土壌や地下水の微生物に酸素や栄養となる浄化促進剤を与えることによって、微生物の働きを活発にして、汚染物質を分解させる処理方法です(図1)。ちなみに、その微生物には、酸素を必要とする好気性と、空気を嫌う嫌気性に分類されていて、汚染物質の種類によっては好気性微生物が使用できない場合があります。

バイオレメディエーションは、低コストで、環境に優しいことが特色です。また、地上の工場等が操業中でも適用できることもメリットのひとつです。

弱点としては、浄化速度が遅いため時間がかかることと、汚染物質の濃度や地盤の状態などの環境条件に影響を受けやすいことがあげられます。さらに、微生物が汚染物質を分解できるかどうか、事前に実験で確認しておく必要があります。

図2 原位置バイオレメディエーションの概念図・処理設備
図3 嫌気性バイオレメディエーションによるテトラクロロエチレンの分解経路図

 図2は、塩素系VOCsで汚染された土地に用いる嫌気性バイオレメディエーションの概念図と処理設備の事例です。地上のプラントで、糖類や窒素・りん等の栄養塩の混合した浄化促進剤を調製して、井戸から地盤中に注入して、地盤中に生息する塩素系VOCsの分解が得意な微生物を活性化させます。注入された浄化促進剤が微生物の栄養源となって消費される過程で水素イオンが発生し、図3の分解経路図で示されるように、塩素系VOCsの塩素イオンをひとつずつ置き換えていき、塩素系VOCsは無害化されます。

次に、こうした作用で得られる現場での浄化効果の一例を図4に示します。このサイトは、もともとテトラクロロエチレンで汚染されていましたが、自然に分解が進行して図3の3番目の形態であるシス-1,2-ジクロロエチレンが高い濃度となっている状態でした。このサイトに井戸を設置して、浄化促進剤を約100日の間隔で2回注入しました。このときの浄化効果を、注入井戸から数m離れた地点に設置した観測井戸で確認しました。1回目の注入後およそ60日目でシス-1,2-ジクロロエチレンが減少し、図3の4番目の形態であるクロロエチレンの濃度が高くなっています。さらに2回目の注入によって、そのクロロエチレンも減少し、約130日目には基準を満足する濃度にまで低減し、浄化が進んでいることが読み取れます。

近年の土壌汚染の調査結果を見ると、汚染ありの状態(基準不適合といいます)が調査件数全体の4割強を占めています。

そのうち3.5割が今回ご紹介したVOCsによる汚染です。その基準不適合となったVOCs汚染サイトの対策方法の1割強が原位置浄化による対策となっています。

土壌汚染対策法で対応が必要ないと判断されて汚染されたまま放置されている土地が多数存在しています。今後は、企業の社会的責任の観点から地上にある工場などを操業しながら対応可能な範囲で浄化を行うケースも出てくるものと予測しています。今回ご紹介したバイオレメディエーションは、SDGs、カーボンニュートラル、そして生物多様性など、時代の潮流にもマッチした方法であると考えており、今後も土地の有効活用の促進のため、適用の場面を見出していく所存です。

図4 塩素系VOCsの汚染サイトに対する嫌気性バイオレメディエーションで得られる分解生成物質の地下水濃度の推移
※トリクロロエチレン、シス-1,2-ジクロロエチレン、クロロエチレンの地下水基準を、各物資の色の横軸方向の点線で示しています。
※それぞれの物質が各々一定の濃度で横ばいになっているのは、定量下限値以下になっていることを示しています。