RCTを用いたEBPM研究会

RCTを用いたEBPM研究会RCTを用いたEBPM研究会

RCTを用いた社会インパクト評価の導入によりスマートシティの実現化を目指す!

RCT研究会@CNCP 座長
拓殖大学国際学部 学部長/教授
徳永 達己

現在私たちは、国連(国際連合)が掲げるSustainable Development Goals(SDGs)の目標を達成するため、デジタルを活用して社会改革を目指すDX(Digital Transformation)によるスマートシティの取り組みを通じて、持続可能な社会の実現化を図ることが期待されている。
また、昨今の厳しい財政事情も背景として、事業に関する厳密な効果検証や、新しい施策立案のため「証拠に基づく政策立案」(EBPM:Evidence Based Policy Making )に基づく効果的な事業の企画立案と実施も併せて要請されている。
このように、スマートシティの実現化を目指す施策には、完了済/実施中の案件の事業効果を厳密に検証する手法に加え、新しい施策により達成が期待できる効果について市民に向けて具体的に定量化・可視化して明示する視点が欠かせない。しかし現状では、DX事業の本格的な導入に向けて、次4つの課題に直面している。

①DX事業の理解と展開が広がりを見せていない

多くの自治体では、実験的にDX事業の導入を図っているが、その勢いは幅広い地域に波及している訳ではない。DX事業は先進的な幾つかの事例を特定の地域で試験的に実施し、事業効果の発現が検証された事例を横展開・普及の形で、他の地域に拡大することを目指す、いわば実証的な事業/実験である。従って、市民に対して事業の効果を正確に検証・周知することが事業の持続可能性・進展性を担保するうえでも極めて重要となる。しかし、現在は事業効果の適切な評価・分析と蓄積の方法が、事業を所管する各部署にまだ普及・浸透はしておらず、DX事業の意義と事業効果も市民に対して正しく伝わっていない。このため、事業の横展開・普及にも制約が生じている。

②市民による自発的なまちづくり活動が活性化していない

自治会、まちづくり協議会、エリアマネジメント組織を通じて、DXも活用した市民参加型のまちづくり活動も徐々に取り組まれるようになっている。しかし地域改善に向けたまちづくり活動の実現化を行政側に提案しようにも、その効果検証を測定する手法が確立しておらず、行政も交え、新しい技術を共に試行する場や機会も設けられていない。このため、市民による事業提案数も限定的である。

③官民連携事業が活発化していない

    少子高齢化は加速しており、自治体の財政事業は厳しくなっている。このため、民間投資など新たな財源の確保が課題となっており、官民連携による社会課題解決のための投資スキームSIB(Social Impact Bond)や環境・社会・ガバナンスにおける課題の解決に資する民間企業への投資であるESG(Environment・Social・Governance)投資などの事業が近年注目を浴びている。しかし組織の目標を達成するための重要な業績評価の指標であるKPI(Key performance indicator)の設定手法が普及・定着しておらず、自治体の対応遅れもあり投資も活発化していない。

    ④EBPMの普及が遅れている

      自治体では、デジタル人材の不足や予算の制約という理由に加えて、上述した課題の影響もあり、導入施策の効果検証からエビデンス を設定することが出来ておらず、政策策定の基本的資料ともなる「施策の論理的な構造」を示すロジックモデル を用いたEBPMの導入方策も定着してない。
      このようにスマートシティの実現化を向けて私たちの社会はいくつかの課題を抱えており、学術的に一般化されつつあるインパクト評価手法を用いた効果検証の実施や検証結果の共有がまだ定着していない。そこで、デジタルを活用したDX事業を推進し、横展開を通じて成果を幅広い地域へ普及するには、その前提条件として事業効果を検証する評価分析手法を開発・実装すると共に、データベース機能を有する事業効果(エビデンス)の蓄積を図り、横展開による新たな事業活動を支援する場(プラットフォーム)を確立する必要に迫られている。
      上述した社会背景・問題意識も踏まえ、特定非営利活動法人であるシビルNPO連携プラットフォーム(CNCP)に「RCTを用いたEBPM研究会(RCT研究会@CNCP)」を設置した 。座長は徳永達己(土木/都市計画)である。研究員(現在12名)は、都市行政・交通やインパクト評価に詳しい主に拓殖大学の学識経験者(地方行政、都市交通計画、物流計画、データサイエンス)、自治体(板橋区、八王子市)、国際開発機構(JICA)、建設コンサルタントなど民間団体などから構成される。
      研究内容は(ア)既往研究のレビュー、(イ)事例の収集と分析(費用、事業効果)、(ウ)RCTの技術的な検証(実施方法、分析方法、精度・信頼度、外的妥当性、倫理性)、(エ)RCTの事業化の検証(適用方法の検討、不公平感の解消)など多角的な観点から効果的なEBPM実施・運用に向けた調査・研究を行っている。
      本研究会の目的は、事業の導入効果について厳密な評価・因果推論を行うRCTなど社会インパクト評価に着目し、その活用によりEBPM推進を図り、もってスマートシティを社会に実現化していくことにある。


      RCTを用いたEBPM研究会(RCT研究会@CNCP) 概要

      1.証拠に基づく政策立案(EBPM:Evidence Based Policy Making)とは何か

      政策の企画立案をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで政策効果の測定に重要な関連を持つ情報やデータ(エビデンス)に基づくものとすること。個々の政策に実質的な効果があるかどうかを可能な限り厳密に検証して、実質的な効果があるという証拠があるものを優先的に実施しようとする態度・制度である。
      平成 29(2017)年の「経済財政運営と改革の基本方針」は、経済・財政一体改革において、「エビデンスに基づく政策立案を推進する」、「客観的証拠に基づく政策のPDCA サイクルを確立する」とし、政府全体として、証拠に基づく政策立案(EBPM)を進める方針を示している。

      2.ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)とは何か

      調査対象からランダムに実験群(介入が行われる)と、統制群(介入が行われない)を選び、それらを比較することで介入の効果を確かめる実験である。
      医学(創薬)の分野で多用されている。社会政策課題解決のため、近年は経済学など社会科学分野でも適用化が図られている。2019年には、マサチューセッツ工科大学(MIT)アブドゥル・ラティフ・ジャミール教育研究所(J-PAL)のアビジッド・バナジー教授とエステル・デュフロ教授およびハーバード大学のマイケル・クレマー教授による一連の研究がノーベル経済学賞を受賞したことで話題を呼んだ。
      国内の代表的な事例としては、神奈川県葉山町の「きれいな資源ステーション協働プロジェクト~住民協働によるランダム化比較実験とエビデンスに基づく政策決定~」(2015~2017年)がある。

      3.RCT研究会の設置が必要とされる社会背景・問題意識

      • 地方自治体では、政策策定に向けてEBPMの導入が注目されている。
      • しかし自治体では、デジタル人材の不足や予算の制約もあり、EBPMの導入が進展していない。また適切なEBPMの導入方策も確定していない。
      • 公共事業においては、住民の合意形成を図ることが近年困難になっている。
      • 市民と行政が共同で政策立案について検証する場がない。
      • 市民の自発的な事業提案を受け入れる、試行する手法が確立されていない。
      • 人口減少や高齢化に伴い、地方自治体の財政事業も厳しくなっている。このため、民間投資など新たな財源の確保が課題となっている。
      • 以上のことから、市民と行政が協働して政策提案を検討する仕組み・場づくり、および土木/都市計画学からの科学的手法を応用した適切なEBPMの制度・手法を確立することが求められている。

      4.RCT研究会の設置意義と目的

      上述した社会背景・問題意識を踏まえ、特定非営利活動法人シビルNPO連携プラットフォーム(CNCP)内に「RCTを用いたEBPM研究会(RCT研究会)」を2022年度より設置する。RCT研究会の設置意義は次の通りである。

      • CNCPは、「新しい公共」や「共助社会づくり」などの政策の一翼を担うべく、民間非営利セクターをネットワーク化してその活動の強化をはかり、行政や企業、教育・研究機関、そして地域・市民組織とのパートナーシップを通じて、より良い地域社会の構築を図ることを目的としている。
      • RCT研究会は、社会基盤整備や公共政策などに関わる多様な産学官部門の関係者を集めて行う必要があり、最も適切な設置機関である。

      続いて、RCT研究会の目的は次の通りである。

      • 海外で実施されているRCTの事例を検証し、国内における適応の可能性と課題を評価する。
      • 調査研究を通じ、RCT、EBPMの理解を深め、広く社会の実装化を図る。
      • RCTを市民提案型の事業手段として整備する(まちづくりの手段とする)。
      • 成果品の一つとして、市民・行政向けにRCTの実施マニュアルを作成する。
      • 社会の課題解決に向けてRCTの研究・実装化を推進する国内版のJ-PALとしての機能整備を目指す。

      5.自治体がEBPMを導入する意義

      • 市民参加型事業の推進。
      • 有効な合意形成手段の確立。
      • 効果的な事業実施と経費の節減。
      • 官民連携事業の推進および民間資金導入の活性化。

      6.土木/都市計画学の観点からEBPM手法を確立する意義

      • 交通計画をはじめ、これまで蓄積してきた社会実験および住民参加型まちづくりなど土木/都市計画学から得た知見や手法をEBPMに応用できる。
      • 我が国はJICAなどが行う国際協力事業を通じて、開発途上国におけるインフラ整備の支援を行っている。この中には途上国の制度設計や技術基準の策定を図る技術協力案件も多い。これらの貴重な経験は、国内でRCTやEBPMを実施するうえで有益な示唆を与える。
      • RCTの企画・立案から試行・実施、管理・運営、評価・分析に関わる一連のプロセスに市民に参加してもらい、これを市民と行政の協働によるまちづくりの手法として確立させる。

      7.RCTの実施方法

      • 自治体を対象として、RCTなどEBPMを用いた事業評価手法を導入する。
      • 事業計画の策定にあたっては、市民と行政等による事業提案 [1] を原則として、アドバイザーの役割にCNCP、大学等研究者、建設コンサルタントなど土木/都市計画の専門家が技術的な支援を行う。
      • 限られた予算の有効活用を図るべく、事業提案を単なる試行機会に留めるのではなく、事業実施も併せて行うものとする。つまり政策評価と並行して事業実施(施工)を進める仕組みを構築する。これにより、処置群(介入グループ)と対象群(比較グループ)の不平等感を緩和させ、事業の裨益効果を高める。

      8.期待される効果

      市民発案による政策提案を積極的に実験・実施する。政策評価にあたってはRCTを導入するが、合理的なマッチングを図り、不公平が生じないよう自治体で実現可能な事業評価手法を確立する(技術運用マニュアルの作成)。事業評価/社会実験そのものを事業実施と類似の効果が出るような形態として整備する。

      • 市民発案による政策提案を積極的に実験・実施する。
      • 政策評価にあたってはRCTを導入するが、合理的なマッチングを図り、不公平が生じないよう自治体で実現可能な事業評価手法を確立する(技術運用マニュアルの作成)。
      • 事業評価/社会実験そのものを事業実施と類似の効果が出るような形態として整備する。

      9.RCTの長所・利点 

      • 因果関係を確立し、介入による効果(エビデンス)が明示化できることから、政策の効果を定量的に評価する統計学的な手法と比較しても、より正確に介入の効果を検証できる。
      • RCTの実験デザインを活用すると施策の効果を厳密に検証することが可能となる。

      10.RCTの欠点 [2][3][4]

      • 公平性(被験者と非被験者)、倫理上の問題
      • 費用と時間を要する。誰が費用負担するのかも課題である。
      • ランダム化の徹底、収集データの前処理方策の検討。
      • 介入による効果の測定方法と持続性の判断が難しい。
      • 問題(問い)の設定が難しい。
      • 試行が小規模な事例研究になりがちであり、それゆえに評価結果の普遍性が疑われることもある(外的妥当性)。
      • マクロ的な政策の評価に不向き。
      • 成否は事業実施を共にする組織・スタッフ(カウンターパート)の能力に依存するところが大きい。

      11.上の欠点を補う対応策および検討課題 [5]

      • 参加する市民の理解を深め、不公平感を排除する必要がある。パイロット事業としてRCTを行い,そのあと制度を全体に普及することで公平性を確保することが対処法に挙げられる。これは教育分野ではすでに行われている処置である。
      • RCTによる実験結果に加え、モデルとシミュレーションの利用や統計学的な手法による政策評価など既存の手法を相互に補完し合うことにより、一般化に向けてより外的妥当性の高い提案が可能となる。
      • 資金源と仕組みづくり、組織化と人材育成、実施体制の検討。
      • 事業の提案と選定を容易にする提案事業の類型化と評価基準の設定。技術指針、技術マニュアルの作成。
      • CNCP、専門家/建設コンサルタント会社の関与度合いの調整。

      12.研究会のメンバー

       研究会のメンバー構成員は次の通りである。

      13.開催の実施要領

      毎月1回、第3月曜日の16時~90分開催する。研究会の内容は、都市政策に関するRTCの実装に向けた研究の発表、情報共有、意見交換とする。

      14.参考事例/資料

      • 『政策評価のための因果関係の見つけ方』、エステル・ディフロ他著、日本評論社、2019年
      • 『貧困と戦う知 教育、医療、金融、ガバナンス』、エステル・ディフロ著、みすず書房、2017年
      • マサチューセッツ工科大学(MIT)アブドゥル・ラティフ・ジャミール教育研究所(J-PAL)https://www.povertyactionlab.org/
      • 内閣府におけるEBPMへの取組
        https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html

      15.2022年(令和4年)度 活動計画(案)

      本年度の活動計画(案)は次の通りである。

      図-RCT研究会@CNCP 2022年度年間計画(案)

      [1] ワークショップ方式の適用など。

      [2] 『フィールドにおけるRCT実験研究の動向と国内農林業問題への応用』、野村久子、農林業問題研究、2018年55巻1号 p. 13-20、https://www.jstage.jst.go.jp/article/arfe/55/1/55_13/_article/-char/ja/

      [3] 『2019年ノーベル経済学賞から考える「ランダム化比較試験(RCT)」について:環境政策を「検証」できる?』横尾英史、国立研究開発法人国立研究開発所社会システム領域、https://www.nies.go.jp/social/navi/colum/topics_rct.html?referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com%2F 

      [4] 科学カンファレンス2017、国立環境研究所、横尾英史、2017年10月21日http://www1.econ.hit-u.ac.jp/yokoo/

      [5] EBPM研究会、横尾英史、2019年12月04日 https://www.ebhs.kier.kyoto-u.ac.jp/ebpm/ebpm-316/


      CNCP通信Vol.105_RCT研究会